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4年目の再会、44年の歴史

かつてのチームメイト

他競技の選手が3大会、4大会連続出場の珍しくない中で陸上チームはどうかというと、前回メルボルン大会で4人だった陸上チーム選手の内、僕とYUKOさんの2人はともにマラソンで2大会続けての出場。面白い現実であるが、年配層が連続出場の一方で、若い2人の選手は陸上から離れた。


元々、2人とも大会期間中からその意向を持っていた、陸上は最後のつもりだったのだけれど、今回はその2人にともに再会することができた。

西川君はバスケットに種目を変えての代表選出。最初、僕が一泊だけ台北市内のフラートンホテルに宿泊した朝食会場で、彼の方から「お久しぶりです」と声をかけてくれた。

中距離をこなした彼の運動神経、能力からして他競技での活躍も充分に予想できていたので、バスケ選手としての代表も当然のことと思えた。バスケットはまだ世界との差が厚いとのことだったが、5年ぶりの再会で以前と変わらない元気そうな彼を見て安心した。

槍投げ銀メダルの武内さんとはマラソン前日に翡翠彎ホテルで再会。彼女には前回大会時からバレーへの関心、転向をきいていたとおり、今回はビーチバレーの応援に来たのだという。マラソンレースの前日に帰ってしまったけれど、「今度は是非、メダルを!」との激励に応えることができて僕もよかった。

書き継がれた歴史44年

スタッフの側ではトレーナーの東口君が前回に続けての出場でメルボルン大会から続けてお世話になった。トレーナー技術は無論、監督の補佐の面でも選手以上に一回りも二回りも大きく成長していた。地元ではチームの監督にもなったという、ますますの成長が楽しみ。帰りの空港で話していたら共通の友人がいて、さらにはお互い「おりづる大会」──ちょうど今、新潟で行われている障害者スポーツ大会の13年前の大会──に一緒に出ていたことが(今さらにして)分かってびっくり。今後、ますます責任ある仕事も増えて大変になると思うけれど応援している。

前回陸上チーム監督の飯村監督も久しくお会いしていないが、もちろん、ずっと日本聴覚障害者陸上のことを見守っていただけている。今回、監督の部屋には飯村前監督からの餞別が立てかけられていた。御厚志、ありがとうございました。おかげで、あれから陸上チームは前回の6人から今回は26人もの大所帯になり、大活躍することができました。

四年に一度しかない大会だけに一大会ごとの選手の果たす使命、次につなげる責任は重い。今のチームがあるのはこれまでの先人、先輩方の積み上げてきた功績が受け継がれてきているから。1965年大会から連綿と続いてきた陸上チームの不断の努力の延長にまた新しい歴史を書き加えてゆかないとね。

デフリンピック啓発ウェブサイト:日本選手の記録


DEAFLYMPICS TAIPEI 2009
DEAFLYMPICS TAIPEI 2009
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2009-10-09


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