SILENTSHEEP*NET >  旅行記 >  台北デフリンピック2009 >  時代はスピードマラソン

時代はスピードマラソン

ケニアと双璧、南アフリカ

スタート後
スタート後
スタート後
(クリックで拡大します)

前回はケニア勢の速さを述べたが、アフリカ勢でいえば南アフリカ選手の2名も速かった。スタート後、1kmして入ったトンネルの半ばくらいまではスタートから飛び出したケニア勢に続き、日本選手3名も含めての割と大きな第2集団を形成していたのだが、そこから南アフリカの2選手を含む5名が抜け出し、トンネルの後半にはもうはっきりと差が付いた。トンネルを抜けた後はmoblogにも書いたように「かなり速いペース」で後ろ姿が小さくなっていった。

右側、日本選手3名も映っている(左から金子、山田、山中)ちょうどいい画像がある。僕の前方の黄色いユニフォームが南アフリカのLEPHEANA選手。

トンネルは全長約1km──どうして分かったかというと、どのくらいの長さなんだろう? と復路でトンネルに入る前、反対側車線の入口にある表示を見つけていたから──(ラスト2kmのヘロヘロな状態でもヘンな余裕はあった)。最初の下見バスで「え! スタート直後からこんなトンネルを走るの?」とその長さと暗さを不気味に感じていた、終始、海沿いのコースでいて1kmのトンネルもあるように山がせり出している急峻な地形の部分もある、下見のときに「最後の5kmのアップダウンがかなり堪えるだろうな」と感じていたことが分かってもらえると思う。

1km過ぎまで一緒だった彼らは5kmを僕らよりも1分20秒速い17分15秒で通過。2km以降は20数秒/kmペースアップしていったことになる。特にLEPHEANA選手は後ろを付いていたときから「こんなスピード系の走り(フォーム)でマラソンを走りきれるのか!」と感じさていたほどのものすごい足の蹴りだった。5km以降は16:52-16:35とさらにラップを上げていった彼は、折返しで6位(次順位)の僕に口元を大きく拡げたゲブレセラシエばりの満面の笑顔を送ってくれる余裕を見せていた。サングラスはスタートから終始、頭上に置いたまま。元々、帽子やサングラスをしている黒人選手はほとんど見ないのだけれど、彼にとってもサングラスはただのアクセサリーのようで、オシャレで明るいラテンな伊達男という感じだった。30km過ぎて失速した彼を僕が捉え、その後、DNFとなったが、普段はあの走りでそのままマラソンを走ってしまうのだろう。10000mは32分22秒で5位だったよう。

もう一人、南アフリカのMAHLAKE選手(山田選手の後方、山中選手の隣の黄色いユニフォーム)は前回大会の10000mで4位、マラソンで銅メダル。体調を崩していたのか、練習できていないのか、32歳とまだ若く年齢的にも一番、力が発揮できるだろう時期なのに今回は10000mもマラソンもひどいタイムの結果だった。

以下、打ち込んでいたら長くなったので次回に。次回はアイルランドの選手(金子の右後方)、フランスの選手(山田選手の前方)の経歴のものすごい! ことについて。

画像出典:2009年臺北聽障奧林匹克運動會(デフリンピック公式サイト)

今日は地元の県ろうあ連盟が行っていた行事の中、時間を割いてもらって報告とお礼。みんな大変、喜んでくれて僕も非常に嬉しかった。



2009-10-04


このページの先頭へ