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中世の輝き 画家エゴン・シーレの愛した風景
城下町ラトラーン
チェスキー・クルムロフ城下の地区名であり、かつ通りの名前がラトラーン(Latrán)。広場からお城へ行くためヴルタヴァ川を渡るラゼブニツキー橋(Lazebnický most)から始まり、ブディェヨヴィツェ門(Budějovická brána)までのカーブする路地の両側には、瀟洒で歴史的にも貴重な家々が立ち並んでいる。
ラゼブニツキー橋なんて舌をかみそうないかめしい名前だけれど、板でできた小さな木橋。ここから見えるのが旧聖ヨシュト教会(Sv Jošta)。旧、とあるようにかつて病院併設であった教会は今は住居となっている。
右側、橋の中央に立つのは、橋あるところ、水あるところに必ず立つ、ここでも、の聖ヤン・ネポムツキー。反対側の磔キリスト像と向かい合って立っている。但し、この像は五つ星はまとっていない。
LATRÁNの看板を掲げるシンボル的な建物が、ルネサンスとバロックの改造による家番号37。20世紀初頭にはカフェとして使われており、1911年~1914年、オーストリアの表現主義を先導した画家エゴン・シーレ(Egon Shiele)がここに滞在し、クルムロフの家並みをモチーフとした作品を創作した。
地球見聞録 feature2: Czech~中世の輝き 画家エゴン・シーレの愛した風景~
手前Nonna Ginaで昼食
前方に進み、ラトラーンの渡り廊下 56番の角を折れた先にあるのが赤星十字騎士団の修道院 番号50。赤星十字の紋章の付いた門をくぐって敷地内にはいると立派な建物群とトラミーンと呼ばれる公園があるが、観光客で賑わうチェスキー・クルムロフ城やラトラーン通りとは対照的にひっそりとした佇まいとなっいる。
ラトラーン通りからお城への近道となる階段(Zámecké schody)に挟まれたのが家番号12。今は兵士シュヴェイク(Soldier Švejk)のキャラクターが迎えるビアレストランとなっているが、ここも近年、修復されたシンボル的建築物。ちなみにシュヴェイクはプラハのビアレストランで多く見かける、だからだろう、ここはクルムロフにしては珍しくバドワイザーでなくチェコで最もメジャーなピルスナー(Pilsner Urquell)の看板がかかっている。
母の生まれ故郷であるチェスキー・クルムロフに滞在したエゴン・シーレ。テレビ番組上のタイトルとしては「中世の輝き」であるけれど、実際に彼が目にしたのは輝いていた当時のクルムロフではなかったろう。・・・について次回。
2008-05-20








