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理念
理念、持ってるか?
今日の会議では「理念」ということに話の及んだ点が一番、考えさせられた。
別件にからむことで理念を持とう、掲げようということなのだけれど、大切なことなのに普段、意識していない。
idea であり principle であり。いいかえるなら原理原則、というのが自分には一番、しっくりくる。
見聞きすることの多いのは企業のそれ。元々、企業は必ず定款を持ち、そこには絶対的記載事項としての「目的」もあるけれど、事業目的や利潤追求にとどまらず、社会に貢献し、人々の幸せをもたらすものでありたい。そのあたりをできるだけ簡潔な言葉、フレーズで、かつ、企業の個性、独自性をも表したい、といったところだろうか。
信条、憲章、指針・・・。定義的には類似するものも多い。限定的にすると、行動に制約も生じる。幅を持たせるためという意味では、今度はややもすると抽象的・観念的になる、ならざるを得ない。そうするとまた解釈の仕方が多くなり・・・。
共有できているか
ところで、現内閣の理念は「友愛」、また「コンクリートから人へ」。これは内閣や民主党の、というより鳩山氏の、という側面が強そう。「友愛」の目指すものは少しはっきりしないし、「コンクリートから──」もキャッチコピーとしては名文句でも既に原理原則からは程遠い状況。党内でも共有されてない、支持されてないのでは・・・。
トップダウンで作られて終わりでなく、社員や構成員の共有できることが求められるけれど、政党でも簡単でないように、志向の違う集団や団体や・・・を内包する組織が・・・となるとまた難しそう。
アイデンティティと理念
僕が考えさせられた、というのも、きこえない者は特に自分のアイデンティティを考えることが多く、それが人との関係性において自己を問うこの障害の特質ゆえだからで、これも理念と通じる点がある。
ただ、アイデンティティなんて考えたこともない、企業でも理念を持たない、考えないことに特に不都合はなく、それは明文化するだけ野暮なケースという場合もあり、意識はしなくても不文律があり、独自に醸成された文化があり、カント風にいえば心の内なる道徳律があり、という場合も少なくない。
色々と考えさせられる。人は忘れやすく揺れやすく迷いやすいので、やはり、共有できる理念はあった方がいいのだろうか。
このブログも前身のホームページ時代には「コンセプト」を掲げていた。今は明記していないけど、変化は無し。あった方が原点に立ち戻れる点で良し。
そんなことをあれこれ考えながら、午後はそのまま防府の記録会に出向いて5000mを走ってきました。
はからずも「ろう者としてランナーとして生きる哲学」 ~を実践した一日となった。
2010-05-16










