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東京マラソン2008 - 7
世界一の大会
有名人、芸能人も多数、走っていて、中で東国原知事が「世界一の大会」と評していた。それもリップサービスや大袈裟では無かろうと僕自身、うなずけた。
ゲストランナーの豪華さ。往年の名選手としてモタ、エゴロワ、シモン、浅井、谷川、有森、浅利、安部、千葉・・・の女性陣(君原、重松、喜多の男性陣がかすんでしまった・・・)がひときわ華を添えていた。スタート前、またフェアウェルパーティーでも北京五輪選考レース以上に、今、これだけ勢揃いすることはまず他にないゲストランナーの豪華さが際立っていた。
東京オリンピック招致運動の一環だったんだろう。間近で見ていたせいで走る前から魂が抜けてしまった。
海外の主要マラソンでいうと僕は世界最古のボストンを走ったことがある。それと比べてどう、というのは細かいことまで見ているわけでないから難しい。ただ、元々、日本はキャッチアップだとか模倣することは得意。ボストン、ニューヨーク、ロンドン、ベルリン・・・。参考とするお手本があれば、アレンジしてそれ以上にしてしまう技術があるから。
海外旅行に出かけても歴史や光景はともかく、料理やサービスといったことは結局、東京の方が一流というケースが多い。東京(日本)の繊細さ、細かいことに気を配れる性質って常々、すごいと思う。
結構、映っていたのに録画予約を最低の画質にしていたのが悔やまれる・・・
都心を走り抜ける
5回目に書いたように、普段は車や歩行者でごった返す都心部を走り抜ける快感も醍醐味。スタート後の新宿をはじめとして「おぉー!」って思ったところが4つや5つではない。築地を抜ける35kmまでずっと鳥肌が立ちっぱなしという感じ。
中で、特に挙げるとするならやはり、テレビでも空撮されるなど「東京マラソンの目玉」として取り上げられる銀座4丁目と浅草折返しの2地点。
日比谷交差点を折れて有楽町を過ぎ、そして銀座のシンボル、銀座和光を左に折れた瞬間! 道路の両側にピンクの横断幕が続き、人・人・人・・・。全身の血の気が引いたといおうか。そこまでだって応援は途切れていないのだけれど、銀座は道路の舗装面からして色が違う。例のカルティエ、ティファニー、シャネル、ブルガリ・・・が並ぶ日本一地価の高い、リッチなストリート、中央通りはブルジョワな華やかさが飛び抜けているから。
日本橋を折れてさらに進むと浅草雷門。これは帰宅後に録画していたテレビで見た方があらためて「すごかったんだなあ」と思わせられた。人並が6列にもなっている。マラソン見るために縦に並ぶか!? それでも後ろの人、見ようとしてくれたんだな。レース後に浅草を訪れたとき、当然、日曜だけに充分、観光客らは多かったのだけれど、それでもつい3時間前とはまるで違ってあっけないくらいに思えた光景だった。不思議な感覚だった。
画竜点睛、でも現実的なコース設定
「マラソンは30kmから」というけれど、逆に35km以降、都心を抜けて湾岸部に向かう晴海通りになると応援も次第に少なくなってゆく。加えて、いくつかの橋を渡る都度に待ち受けるアップダウン。それまでがハイになりすぎてしまう分、終盤のきつさがこたえる。
これは「第1回大会後の検証」として先に引いた武田薫氏が「レースディレクター不在が招いた課題」として
次のようにも述べているとおり。
コースは逆を向いていないければいけない。
都市マラソンは、少なくとも一般的には、大衆を受け入れるという都市の解放宣言なのだから、ニューヨーク、ロンドン、ボストンすべて、ランナーは郊外から都心を目指して走ってくる。
東京マラソンは、早く片付けをしたいといわんばかりに、都心から外へと出ていく構造になっている。
そのとおりで(箱根駅伝のように)都心部がゴールだったら・・・と思う。ボストンマラソンも、スタートはのどかなカントリー部のホプキントン。それが次第に市街を目指して最後のゴールは中心部のコープリー広場という設定である。最後に向かって応援も多くなるから頑張れる。東京にたとえるなら銀座か大手町がゴールになっているような感じ。
ただまあ、そうはいっても現実的には極めて難しいこともよく分かる。スタートならせいぜい数十分の混雑で済むけれど、ゴールは最大で5時間近くの差がついてしまう。3万人ものゴールを5時間近く待つ余裕は東京都心にはないだろうから。
ないものねだりよりかは、ゴール近くの閑散としたコース設定が極めて現実的な方法だと、走りながらも思えていた(完全に潰れていたので、そんなことを考えていた・・・)。
2008-02-27









