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第57回別府大分毎日マラソン 12
30kmの衝撃
26kmで抜け出た二人を追うでもなく僕も集団から離れてゆく。結果的に、この後はずっと前二人を追う形で、後続に抜かれることなく、落ちてきた前方選手を追い抜いていった。
脳内メモリが足りないので、ラップやスプリットは無論、この時、どういう心境、心理状態だったのかも実はあまりよく覚えていない。30km手前で少しだけ二人と差が縮まった。一人旅でなく、願わくば3人で行きたいと思った。ただ、2人の走りはかなり力強く、追いつかせてくれない。
前回、記したように通過タイムをおぼろげにも覚えていたのは4つだけ。最後のそれが30km地点。手元時計に目をやると「1:45:32」。苦しいとき一秒単位までは目に入らない。ただ45分30秒台という数字が飛び込んできた。そこまでのペースからして、もうそろそろ46分から47分にまで落ちているだろうと予想していたから、このスプリットには驚いた。一瞬、目を疑うほどの衝撃だったから、ここだけははっきり覚えている。
僕の時計はもう十数年使っているカシオのアクセラレーターでメイン部にスプリット、上部にラップが表示される。ただ、上部のラップは小さくてほとんど目に入らない。25kmの通過タイムを覚えていないから計算もしようがない。このときのラップが(手元時計で)17分05秒だったことを知ったのは、レース後、大分駅内で遅い昼食をとった時に初めて分かったこと。
希望を力に
これまでのレースを振り返ってみても、ゴールタイムそのものでなく、ある地点のスプリットに強い衝撃を受けたことをその後もずっと覚えているのがいくつかある。自己ベストが出たときというのは、たいていそういうときだ。過去の完走記にもはっきりと記している。
- 2002年ろうあ者体育大会で1万mの記録を出したときの5000m通過タイム
- 同じく2002年、翌週のシティマラソン福岡での10km通過タイム
- 2006年福岡国際、30kmの1時間44分25秒
いずれも時計を見て身震いした。これまで「経験」のない領域に足を踏み入れているのだという衝撃。
今回の場合は、この30kmでも福岡より既に1分以上、遅れているのだけれど、この時、「(それでも)頑張れば30分は切れるのでないか」という思いが俄然、わいて出た。強く、はっきりと。俗に「30kmの壁」というけれど、逆の意味での「30kmの福音」。
早い段階でサブサーティーもすっかり諦めていただけに、突如、差し込んできたこの希望に力が一気に噴出してきた。「希望」──いい言葉だ・・・。心に突然、明るい火の灯された今回の衝撃もこの先、忘れないだろう。
ただ、気持ちの面では力がみなぎってきたとはいえ、潰れる時の例の「いやな感覚」も同時に襲ってきた。「ああ、ついにきたか・・・」と。前方に希望という太陽が顔を出したと同時に、すぐ背後には闇が手を広げて迫っている、いつ飲み込まれても沈んでも不思議でない両者背反の状態。
過去24回完走してきた、少なくはない(多いともいえない)経験からも、この状態で残り12kmを走りきれるほど甘くはない。それは承知していたが、目の前に灯された「希望」という光を消したくなかった。潰れるところまでがむしゃらに行こうと決意した。
背中を押してくれたもの
通過タイム(スプリット)を覚えているのはここまで。35km、40kmでももちろん、手元時計には目を落とした。でも、覚えていない上に、もうラップボタンを押すことも忘れていた。35km、40km、ゴールの3地点間のラップを知ることができたのはネット上にようやく公式記録が出たレース後3日経ってのこと。こんなことは25回のマラソンで初めて。それくらい無我夢中になっていた。
30kmで潰れることを覚悟しながらも、苦しいながらもまだ走れている。自分で「一体、この力はどこから出てくるのだろう」と不思議な気持ちだった。
月並みな表現になるけれど、支えてくれる人への感謝の気持ちが湧いて出た。
マラソンは一人で走りきれるほど安易なものでない。沿道の人々は無論、遠くからも応援してくれている人。妻や家族はもちろん、まだ会ったことのない人も含めて。目に見えない応援が背中を押してくれている。
特に今回の僕はレース前、普段は接しない世界での人々に集中的にお世話になっていた。駅伝前に舞い込んできたTV取材、聾学校での講演、翌日に掲載された毎日新聞社の記者・・・。
走りながら全ての人を思い出していた。紙面にも書いてもらえたとおり、聾学校で会った生徒らの一人一人の顔を思い浮かべた。
- 「走っていて苦しくないですか」
- 「苦しいとき何を考えているのですか」
と問うてきた彼ら。
- 「いつも苦しいよ」「練習でもレースでも」。
- 「でも練習にもレースにも必ず、ゴールはある」「どんなゴールも嬉しいから」
まだまだゴールはずっと先だったけれど、自分の言った言葉に、彼らの姿に、取材を通じて知り合った方々に、そして最近、強く自覚させられるようになった、知らないところで応援を送ってくれている人の多いことに、思いをはせながら走り続けた。
2008-02-11










いまさらなんですが…すばらしい記録でのゴール、おめでとうございます! 別大マラソンはみていました、「ランナーの中に羊さんもいるんだな」と思いながら。
40代の希望の星ですよ、スゴイですね。 ワタシも「歳が…」なんて言い訳してちゃいけませんね(汗)。 バスや電車に乗ろうと小走りになっただけで、異様に息が上がってしまうくらい運動不足なので、フルマラソンなど想像を絶する世界です…。