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「私」とは何者か
自我の桎梏
タイトルや漱石の引用に惹かれたことに加え、迷わず本書を手にしたのは著者が姜尚中であったから。悩むのは人間誰しもだけれど、語らせるだけの説得力を持つ人は限られてくる。
学者、作家、映画監督、スポーツ選手・・・。在日の人間の活躍は、彼らの抱える悩みがあってこそ。
私は在日として生まれてきましたから、やはりアイデンティティの問題が大きく絡んできました。「私は何者なのか」「私は何を求めているのか」「何のために生きているのか」「私にとってこの世界は何なのか」「私は何から逃げようとしているのか」そんな答えのない問いに縛られて、どうにもならない状態になっていたのです。
「自分とは何か」「自分探し」「アイデンティティ」・・・というと当世では疎んじられる。一笑に付される傾向もある。そんなものはないと言い切る有名なタレント大学長もいる。でも僕は考えずにいられない。
著者が在日という逃れられない出自に悩んだように、僕も変えられない運命を思う。さらには自我が自分と他者との「相互承認」の産物でしかありえないというときも、その他者との関係を築きにくい、「関係障害」という困難性。
楽観的にというアドバイスもある。難しいことは適当にうっちゃって、明るくハッピーになれることだけ考えればいい、と。でもそれは都合のいいことだけ考えて、大きく言えば社会の闇や陰部からも目をそらすこと、少数派や弱者を顧みない、目を向けない・・・ということにもつながらないか。
自分について考えることに疲れ、「どこかに逃げ道があるのではないか」と弱腰になることもありました。でもそれではダメで、やはり、悩み、苦しみながら考え続けるしないようです。
中途半端なところで悩むことをやめると、自我をうち立てることも、他者を受け入れることも、どちらができなくなってしまうと思います。
他者とつながりたい、きちんと認め合いたいと思うとき、どうしたらいいのか。『心』の中で漱石は大事なことを教えてくれる。
「あなたは腹の底から真面目ですか」
著者もいうように、「まじめ」という言葉は現代ではあまりいい言葉として使われない。揶揄している響きがある。
でも、私はこの言葉が好きですし、とても漱石らしいと思います。すべてが表面的に浮動するような現代社会に楔を打ち込むような潔さがあると思います。
僕も真面目な人が持つ謙虚さ、誠実さ、凛とした潔さに憧れる。
満足度:★★★★★
2008-06-02








